たくさんの方のご支援をいただきまして、
線香花火をおくるプロジェクトは、とうとう岩泉仮設住宅160戸全戸にお届けできることになりました。
ご支援いただき誠にありがとうございました。
8/9日夜、東京麻布にある
designshopさんに注文分の花火を受け取りに行きました。
designshopは13年ほど前、私と代表の森さんとで立ち上げたお店です。
今回お贈りする線香花火は、2003年に復活を遂げた純国産線香花火。
江戸町人文化の象徴、「侘び・寂び・はかなさ・ものの哀れ」を
小さな線香花火にこめる日本の花火職人の仕事に感動して取扱いを決めたものでした。
当時インテリアショップで花火を扱うのは異例のことだったと思います。
「いまこそ、あの感動を届けたい!」
私の声掛けに森氏もすぐに賛同、ご協力をいただきました。
告知期間も少ない中DMやTweetが功を奏し、なんとか数量が揃いそうな段階までたどり着くことができました。

160個の線香花火、ご支援いいただいた方々からのメッセージ、返信用の暑中見舞い葉書を袋に詰めて出発。
深夜の東北道600kmを走ります。
岩泉町到着は8/10の11時。
NHKの取材チームの方もすでに現地入りされており、着いて間もなく各戸に花火を配ることになりました。
お昼時は、働きに出ている人が帰ってきたり休憩の時間なので、配るのには都合の良い時間帯でした。

お配りすると、
「まあまあ、ありがとうございます。何もすることがない寂しいお盆でしたからうれしいです。」
事情はそれぞれですが、お位牌のないお宅など無い無いづくしのお盆で、
いつもならあれこれ準備で忙しいのに張合いがない感じで寂しい感じがしました。
そして思いのほか一人暮らしの老人が仮設に多いことが気になりました。
仮設の一人暮らし用は四畳半一間です。人とのつながり、することがなければずっとこもりきりでしょう。
「おんじさん、あしたみんなで花火やるべ。」そう伝えました。
岩泉町小本では、お盆に「松明かし」という行事があります。
家先で松の木を焚いて迎え火をします。
通りの家々に松明かしが灯る、夏の夕暮れの幻想的な風景が私には忘れられないのです。

それが今年は、約130軒の家が津波で流されてしまい、出来なくなってしまいました。
比較的被害が少なかった地区ですが、2名の方が津波で亡くなりました。
例年通りできない迄も、お盆のその心を込めることができないだろうか?
慰霊と追悼。
古来からの行事を大切にしてきた人達のお弔いの心を線香花火に込められないだろうか?
そして、被災地でも被災地以外でも、みんなで同じ時に線香花火をして繋がることができれば
どんなに素晴らしいだろうかと考えたのです。
小本の仮設に住む従兄弟や仮設の班長さん、NHKの取材の方に主旨を電話で伝えていたところ、
「そういうことであれば」とすぐに相談していただいたようで、
8月11日の被災の日に、
線香花火を仮設のみなさんでやっていただけることに決まりました。
「今年の小本のお盆は本当に寂しい風景になるなあ」と
私個人の小さな思いつきでしたが、どんどん廻りの方がお力添えくださったことに感謝の言葉もありません。

これまでのボランティア活動での顔馴染みの方ともお話ししつつ、
夕方には小本団地、小成団地、岩泉団地と3箇所の仮設住宅すべてに配り終え、
明日の花火の夜を待つことにしました。